今回は進撃の巨人のライナー・ブラウンが、なぜ精神分裂を起こして二重人格になってしまったのか、その理由を心理学の知見を交えつつ解説していきます!
進撃の巨人のファイナルシーズンでは、ライナーが自らの口に銃口を付けつけて自殺未遂をする衝撃的な姿が描かれています。
なぜライナーが自殺未遂するまでに追い込まれたのかについても、心理学的に解説していきたいと思います!
目次
二重人格になった戦士!ライナー・ブラウンとは?
引用:©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会
ライナー・ブラウンは、主人公・エレンと同期104期の兵士でした。

訓練兵団時代から、兄貴分で非常に頼りになる男として周囲からの信頼も厚い男でした。
しかしその実は、壁外のマーレ国から「始祖の巨人」の力を奪還するために、ベルトルト・アニと共にやってきた「鎧の巨人」の力を持つ「マーレの戦士」でした。
引用:©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会
ライナー達の作戦によって、パラディ島の壁が破られたことで、エレンの母親が殺されるなど、大量のエルディア人が犠牲になっています。
そんなライナーですが、作中では「マーレの戦士」としての人格と「エルディアの兵士」としての人格の二つの人格をもつ、精神分裂症の症状が見て取れます。
ネットではそんなメンタルに異常をきたしているライナーを「メンへライナー」などと呼ぶなどと不名誉なあだ名をつけられてしまっています。
ライナーが精神分裂した理由を心理学的に考察!
作品内の時系列に沿って、ライナーがの幼少期の生育環境から形成されたメンタリティなどを踏まえつつ、なぜライナーが二重人格のような状態に陥ってしまったのか、考察していきます。
進撃の巨人ファイルシーズンでは、銃口を口に向けて自殺未遂をする姿を見せていますが、なぜそこまでライナーが追い詰められているのかについても考察していきます。
精神分裂した理由①:悪魔の血族という教育が自己肯定感を押し下げる
引用:©諫山創・講談社
ライナーの母親・カリナ・ブラウンはエルディア人でありながら、マーレ人の男性との間にライナーを生んでいます。
ライナーの住むマーレ国では、エルディア人は、巨人の力で世界を恐怖に陥れた悪魔の民族であるという洗脳教育がなされており、母親は幼いライナーに『私達には過去に悪いことをした悪魔の血が流れている』『檻の中に入っていないとみんなの迷惑になるんだ』『お前にお父さんがいないのもそのせいだ』『私たちが悪魔の血を引くエルディア人だから・・・あの人と一緒にいられないんだよ』と語りかけている様子が描かれています。
引用:©諫山創・講談社
任務から一時帰島したライナーが、パラディ島には『色んな』やつがいたと語った際、ライナーの母親は、『私達、大陸のエルディア人は生涯を捧げてマーレに及ぼした凄惨な歴史を償う』『善良なエルディア人なんだから』と鬼の形相で語っています。
ライナーの母親が『エルディア人=悪魔』『エルディア人はマーレ人のために命を捧げて当然』という信仰にも似た考えを、心底信じている様子がうかがえます。
引用:©諫山創・講談社
ライナーは、『名誉マーレ人』の認定を受け、合法的に、マーレ人の父親と母親と一緒に暮らすために戦士を目指しました。
何とか名誉マーレ人となったライナーは父親と会いましたが、そんなライナーに対して父親は『あの女に言われてきたんだろ!!俺に復讐するために!!』『俺を縛り首にしてぇんだろ!?』『俺は逃げ切ってやるからな!!お前らエルディアの悪魔の親子から!!』と酷い言葉を投げかけて突き放しました。
引用:©諫山創・講談社
このようにライナーは、まともな思考を持ち合わせていない両親から「悪魔の民族」「檻の中に入っていないと迷惑」などと、基本的に「存在してはならない人間」であるかのような価値観を植え付けられており、父親からは面と向かって「悪魔の親子」と言って、突き放されています。
アムステルダム大学の研究者は、子供時代に、純粋な愛情や称賛を向けられない子供は、自分自身に対して価値を置けなくなると述べています。
親からの純粋な称賛や愛情は、子供の自己肯定感を育むには必要不可欠と言われており、自己肯定感を持てない人は、他人との比較や他人からの承認によって自己の存在を肯定するような性格になります。
他人からの承認や称賛でしか自分の価値を感じれないのです。
ここにこそ、後のライナーの『尊敬されたかった』『英雄になりたかった』という、他者からの承認を求めてしまう思考が生まれる要因になってきます。
引用:©諫山創・講談社
また当然、自己肯定感の低さはメンタルの弱さにも直結しており、「メンへライナー」などと不名誉なあだ名をつけられる大本の要因がこの幼い頃の生育環境にあります。
参考:ナルシストと自信がある人ってなにが違うの?というか本当の自信ってなに?問題
精神分裂した理由②:戦士の中でも落ちこぼれという劣等感
引用:©諫山創・講談社
名誉マーレ人となって、父親と母親と共に暮らすという目標をもって戦士を目指したライナー。
パラディ島でエレンたちと一緒に訓練兵をしていたい時代は、ライナーは兄貴分で非常に頼りになる男のようでした。
しかし、マーレ島で戦士の訓練を受けてい時代は、ベルトルトやアニなど同期の戦士たちと比較して落ちこぼれていました。
引用:©諫山創・講談社
そんなライナーも何とか念願叶って戦士に選ばれましたが、それは実力で選ばれたのではなく、弟を守りたかったマルセルの印象操作のおかげということを、マルセルの口から直接聞かされるという、天国から地獄に突き落とされるような事実を聞かされます。
基本的に、承認欲求が強いライナーにとっては、自分の実力によって念願の戦士になれたというのは非常に誇らしかったと思います。欠けていた自己肯定感も満たされていたと思います。
引用:©諫山創・講談社
しかし、実際のところは、実力ではなくただの印象操作であると知ったライナーの心中穏やかではないでしょう。
元々が自己肯定感の低いライナーですが、マーレ島時代の落ちこぼれ時代は、さらにライナーの強い劣等感を育んだといえます。
このようなある意味不正のような形で、戦士になったライナーだからこそ、パラディ島への潜入作戦で早々にマルセルが、ユミルに捕食された時、撤退を考えたベルトルトとアニに対して、ライナーは『英雄になりたい』『尊敬されたい』と考えて継続を提案したのです。
引用:©諫山創・講談社
マルセルがユミルに捕食された時に一目散に逃げて、頭を抱えて怯えていたあたりからも、ライナーは元々は臆病な性格ということが窺い知れます。またこの時、ライナーを庇ってマルセルがユミルに捕食されたということも、ライナーにとっては大きな罪悪感として残り続けることになります。
引用:©諫山創・講談社
生育環境から自分に対する肯定感や自信を持ちえない、落ちこぼれのライナーは、このマルセルの一件でさらに、自分自身を追い詰めていくことになります。
精神分裂した理由③:エルディア人が悪魔という洗脳が解ける
引用:©諫山創・講談社
ライナーは幼少の頃から母親に「エルディア人は悪魔の末裔」であると教育を受けてきました。
しかし、実際に訓練兵団の一因として、エレンたち104期の同期たちと過ごす3年間の中で、洗脳教育は解けていきました。
その点については、ライナーが初めて、涙を浮かべながらエレンの前で自分の正体を明かすときに語った下記のセリフに良く表れています。
引用:©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会
『そうか・・・きっとここに長く居過ぎてしまったんだ』『馬鹿なやつらに囲まれて・・・3年も暮らしたせいだ』『俺たちはガキで・・・何一つ知らなかったんだよ』『こんな奴らがいるなんて知らずにいれば・・・俺は・・・こんな半端なクソ野郎にならずに済んだのに・・!』『もう俺には何が正しいことなのかわからん』
引用:©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会
何も知らずに、親の教育から『エルディア人=悪魔』と信じて、壁を破壊して、エレンの母親を含めて、多くの民間人を殺したライナー達。
しかしパラディ島に住む人々は、悪魔の末裔などではなく、全く自分たちと変わらない、普通の人間であると悟ったのです。
引用:©諫山創・講談社
それによって生じた殺人に対する強い罪の意識、そしてパラディア島のエルディア人をせん滅するという目的すらも正しいのかどうかわらなくなるという目的の喪失が起こっています。
このライナーの混乱っぷりは、上記の『こんな奴らがいるなんて知らずにいれば・・・俺は・・・こんな半端なクソ野郎にならずに済んだのに・・!』『もう俺には何が正しいことなのかわからん』というライナーのセリフによく表れています。
戦場における兵士の心理学を研究するデーヴ・グロスマンの著書『戦争における「人殺し」の心理学』によると、イスラエル研究で、「身近であればあるほど、あるいはこちらと似ていればいるほど、攻撃者は犠牲者と同一化しやすい」そして殺すのは難しくなると述べています。
つまり、自分自身に似ている人ほど、殺すことに対する抵抗感や罪悪感が強くなるのです。ライナー達は同じエルディア人を大量に殺したわけなので、その罪の意識や抵抗感たるや凄まじいものがあったと考えられます。
引用:©諫山創・講談社
このようにそもそも人は殺人に対して強い抵抗感があり、同種族などは特に強い抵抗感が芽生えるのです。この抵抗の意識を下げることが、『エルディア人=悪魔』とする洗脳教育で、自分たちとは異なる存在であると意識づけすることなのです。
これを現実世界で行った最も有名な例が、アーリア人支配者民族説という神話を掲げたナチスドイツのアドルフ・ヒトラーであり、優越人種たるアーリア人は、劣等人種を世界から一掃する義務があると、大衆や兵士を扇動したのです。それによって起こったのが、世界の負の歴史として名高い、ユダヤ人の大量虐殺です。
マーレも全く同じ構造で、『エルディ人=悪魔』ということを信じ込ませて兵士を教育することで、パラディア島のエルディア人を殺害する心理的抵抗や罪の意識をなくしていたのです。
引用:©諫山創・講談社
しかし、実際に現地で数年間を過ごしたライナー達は、『エルディア人=悪魔』の洗脳はほぼ解けてしまい、そのことで、自らの行いの正しさに強い疑問を抱くと同時に、強い罪の意識に苛まれることになるのです。
『戦争における「人殺し」の心理学』によると、『殺人の義務と、その代償として生じる罪悪感。このふたつのあいだで悩むことが、戦場での精神的被害者を生み出す大きな原因になっている。』と述べています。
人を殺すことを強いられる戦争においては、身体ではなくその精神も大きく消耗して消えない傷跡を残すのです。
デーヴ・グロスマンによると、ベトナム戦争のアメリカの帰還兵のうちに150万人もの人々が、戦場におけるストレスで心的外傷後ストレス障害に苦しめられているといわれているそうです。
ライナー達の洗脳が解けて、大きな罪の意識を感じている点については、104期の同期に追い詰められて、ミカサに『こいつらは人類の害それで十分』と言われた時の、ベルトルトの必死の訴えに表れています。
『誰が・・・人なんて殺したいなんて思うんだ!!』『だれが好きでこんなこと・・・こんなことしたいと思うんだよ!!』『人から恨まれて殺されても当然のことをした取り返しのつかないこを・・・』
引用:©諫山創・講談社
また、ライナー達の目的の喪失も非常に大きな影を落としているといえます。
大量のユダヤ人を殺害したナチスドイツのアウシュビッツ収容所を生き抜いた心理学者のヴィクトール・E・フランクルによると、収容所の過酷な状況を生き抜くことができた人は『自分の人生の目的を見つけた人』だと述べています。
人生の目的を持っているということは、それだけでアウシュビッツ収容所のような過酷な状況を生き抜く力を与えてくれるのです。
ライナー達にとっては、それまで信じてきた価値観や目的自体が、正しいのかどうかもわからなくなる状態に陥っています。
こういった目的の喪失は、ライナーの心に大きな葛藤を生み出して、生きるための勇気や気力を奪い、心を蝕んでいったことは想像に難くありません。
精神分裂した理由④:仲間を殺したPTSDで二重人格に
引用:©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会
幼少期に、自己肯定感を奪うような生育環境で育ってきたライナー。
そこにパラディ島での孤独な潜入作戦の中で、『エルディア人=悪魔』という洗脳も解け、自分たちの行いの正しさもわからず、大量殺人や日々仲間を騙し続けることへの罪悪感と葛藤する中で、知らず知らずのうちにメンタルを消耗し切っている状態だったと考えられます。
そんなライナーが明確に精神分裂を引き起こしたのは、ベルトルトとの密談を聞かれた同期のマルコを巨人に喰わせて殺害した時です。
引用:©諫山創・講談社
マルコが断末魔の叫び声をあげて巨人に惨たらしく食われていく様を見て、自分が殺したにも関わらず『おい・・・なんで・・・マルコが喰われてる・・・』と発した時です。
引用:©諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会
同胞の死を目の当たりにしたライナーはついに精神の限界を迎えます。『マーレの戦士』としての人格と記憶を消して、『エルディアの兵士』としての人格を作り出して、精神の均衡を保とうとしました。
ベルトルトも『(エルディアの)兵士でいるときは楽だった・・・』と語っているように、マーレの戦士としていることの罪悪感の重さに耐えかねたライナーは完全にマーレの戦士であることを忘れた『エルディアの兵士』としての人格を作り出したのです。
『お前の実直すぎる性格じゃそうなっても・・・』というユミルの発言からも、やはりライナーは、人を殺して平気でいられるようなメンタルになりきれなかったのです。
引用:©諫山創・講談社
先ほど述べた通り、心理学的に人は自分と似ている・近い人を殺すことに一番抵抗や罪悪感を感じるそうです。
同じ釜の飯を食った訓練兵時代から付き合いのあるマルコを殺すことの精神的負荷は、想像を絶します。サイコパスっぽいアニですら涙を流していたことからも、その精神的負荷の高さがわかります。
これまでに様々な精神的負荷を抱え続けてきた、メンヘラなライナーにとっては、この状況はもはや耐えられるものではなかったのでしょう・・・
『戦争における「人殺し」の心理学』によると、戦場における錯乱状態としては、環境に対処できず、精神的に現実から逃避する場合が多いそうです。ライナーにみられる症状もこれに近いといえます。
このように、抱えれきれない罪の意識とプレッシャーでボロボロになっていたライナーの精神は、同期のマルコを殺すという重すぎる罪の意識に許容値の限界を超えて、分裂という道を選んだのです。
なぜライナーは自殺未遂をするまでに追い詰められていたのか?
引用:©諫山創・講談社
ライナーが自殺までに追い込まれたのは、『エルディア=悪魔』という洗脳が解けたことによる「罪の意識」、そして何が正しいのかわかなくなったことによる「目的の喪失」によるものと考えられます。
人生に生きる意味も目的も見出せなくなったからこそ、罪の意識から逃れるために、死んで楽になる道を選んだのです。
ライナーは、サイコパスのような強靭なメンタルを持ち合わせた兵士ではありませんでした。
人の死や仲間の死を、心底悲しむことができる普通の人間でした。しかも、その生育環境からやや不安定なメンタルの持ち主でもありました。
そんなライナーにとって、これまでのエルディア人の虐殺や、同期であるマルコを殺したことに対する罪の意識は、到底耐えられるレベルの代物ではなかったのでしょう。
ある意味ライナーにとっては、ベルトルトのようにウォールマリア奪還作戦の際に死んでいた方が幸せだったのかもれません・・・